誰もいない公園

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はじめて小林駅の北側に行って見た。どんどん坂道を上がっていくと、公園があった。
遊具のくたびれ具合から見ると古い児童公園だと分かった。

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でも、誰一人遊んでいないし、誰もベンチにも座っていなかった。
そもそも人気がない。大きくて古い住宅街なのに!

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なんだか不思議な感じだった。子供の声も老人のお喋りも聞こえない公園。

チャットモンチーの虚無感覚と実存感覚をたった2曲で判断する

チャットモンチーのアルバムはファーストセカンドと聴いて、特にセカンド「生命力」はいい出来だなあと毎日、聴いている。

なかでも(聴いて数日の感想では、)「シャングリラ」と「世界が終わる夜に」と「ミカヅキ」がいい感じに思えた。

シャングリラはカーラジオでぼんやり聴いていて、ビリッと歌詞に撃たれた曲だ。
特に以下の部分だ。

胸を張って歩けよ 前を見て歩けよ
希望の光なんてなくったっていいじゃないか

「希望の光」をあてに生きる。それも当てのない希望の光を。
そんなのを当てにしちゃあ今を胸を張って歩けないよ。と僕は聴いた。

「世界が終わる夜に」では、手を合わせること、愛の虚無を「一生懸命」に歌い上げる。で、自分が神や悪魔だったら、こんな世界にしなかった。と「じゃあ、どうしたい?」と聞きたくなるように歌っている。

ファーストアルバムでは、全くぴんと来なかったんだけど、なんだか好きなバンドに大きく変わっていた。なにかあったのかな?

幸せの風景(笑)

当家の日常的な風景。特に夜かな。
暴れまわるびりとからかう家人。

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幸せな風景。たとえ襖がぼろぼろにされても。(ニガ笑)

巨大な相手

が僕らの途上に現れた。予想よりも出足が早い。
とはいえ、早いというのは僕らの時間軸であり、巨視的に見れば予想の範囲内か。ただ、もう少し時間が欲しかった。

末成公園

このまま交戦に突入せざるを得ない。

もちろん交戦とはこちらの心持ちであり、実際には協同になれればいいのだが、そうもいくまい。というのが僕の今の所の感想だ。

なぜなら、相手は巨大な上、特定分野における実績もある上、システム開発において後出しだからだ。後出しのシステムは絶対的に有利だ。しかもリソースも存分に保持している。

こちらの優位点は何か?
それほどカードがあるわけではないが、いくつかはある。
数少ないカードをいかにして切り、相手と連帯するか?

開戦はまもなく。

急に涼しくなってきて。

もう少し昔は秋が嫌いだった。
何かが終わるような気がして。で、終わるのが嫌だった。
夏の終わり 2007

でも、この歳になってくると、終われば、始まるというサイクルの中で生きていくことが怖くなくなる。当たり前のこととして理解され、その繰り返しが心地よくさえなる。

夏の終わり 2007

今、秋が嫌だとすれば持病の喘息がひどくなる可能性があるからかな。
それ以外は・・・・今は好きな季節なのかもしれないな。

日本を知ろうプロジェクト

観光組織や旅行会社、鉄道会社が類似の企画はこれまで行ってきたが、移動してもらったり、お金を落としてもらうことが第一義であり、本当に「日本を知ろう」が第一義ではなかったのではないか?

僕らは「学生」という方々を対象に「学び」の視点を織り込んだ「美しい日本を知ろう」プロジェクトを目指したい。

本当にこれまでにない企画に育ちそうな予感。

あとはひろゆきが言うように「わかる人がそこにいただけど」というような自然にことが流れるかどうかだろうな。

夏の終わり 2007

沖縄に行きたいな~

というわけで近所の沖縄のお店に行ってきました。
民族系の沖縄ではなく、からっとしたアメリカ風の沖縄で好感が持てました。

ジョージハウス

オーナーの方がジョージさんだからジョージハウスなのかな?
ウエイトレスの女の子達もママさん?も綺麗な元気な方々で流行りそうな感じ。

ジョージハウス

あともう少し呑みに行ったときのメニューが多ければいいんだけどな。
また行こう!

ジョージハウス

こころの眼

ブレッソンの短い文章をまとめた美しい本「こころの眼」を読んでいる。
本を開くといきなりこんな言葉が載っている。

科学技術が鳴らす警笛の破壊的な音につつまれ、グローバリゼーションという新たな奴隷制度と貪欲な権力争いに侵略され、収益優先の重圧の下に崩壊する世界であっても、友情と愛情は存在する。

1998年の言葉なので晩年である。
これは信用できる人の言葉だ。

信用できるかどうかは会ってみないとわからないこともあるけど、間接的な出会いでわかることもある。

夏の終わり 2007

僕も本当の自分の言葉でブレッソンなようなことをいえる大人になれるだろうか。

さあて、夏の最後の写真をスキャニングするか。

ここしばらくデジタル一眼を買うかどうか、かなり迷っていた。
すぐにBlogにあげることができないし。

夏の終わり 2007

でも今日、夏の最後のフィルムの写真をスキャニングして考えが変わった。
思い出を振り返るならフィルム(と一連のその手間含む)だと。

夏の終わり 2007

今年の夏は僕ら夫婦にとってもとても変わった年となった。
2007年の夏が終わった。

夏の終わり 2007

11月からの私のPIM体制のまとめ

しょっちゅうまとめはやっているのだが、新しい手帳を買い、スケジュールは紙のほうが見通しを立てやすいと思っている。

一方、日々浮かんでくるタスクや思いつきなどについては、携帯メールでRTMへ送り、そこでGTD的に「処理」していくことがいい。

他メンバーへの私のスケジュールのGcalへの公開は、「拘束時間」に発表に留めておく。そうでないと色々と問題が起こる可能性がある。

という3つの組み合わせで行こうかと思う。
タスクのように頻繁に書いたり、消したりすることやどこでもひとまず蓄積できるという方法はケータイとWebの組み合わせ以外にない。また情報を共有するという点でもWebしかないと思う。

一方で私の行動をすべて共有する必要はないし、そのことのリスクや余計な情報を与える必要もないだろう。そういう意味では手帳かな。と

一旦これで走ってみようと思う。

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