デジタル一眼が気なるわけだが・・・

誕生日の銀塩のライカM7を買ってもらって、とっても使いまくっていて、愛しているのだけど、デジタルのまじめに撮れるカメラも欲しくなってきた。

理由は忙しいときは現像にまわせない感じだから。ということと、ラフな場所にライカちゃんを連れて行きたくないとき。

GR Digitalでもいいよなあ。と思いながらデジタル一眼の位置付けをはっきり出来ないでいる。

欲しいのは、あおいチャンの宣伝するE-410!
外見が自分的に納得出来ないと使わなくなるのが見えているのでね。

ちょっと梅田のヨド見てくるか。

OLYNPUSの製品サイト

どの時制に囚われているか?

人は未来、今、過去のどれかに自分の考え方の重心を置いているかに思えます。
僕は、かつて悲観的な性格で過去の失敗とその時の別の行動の可能性ばかりを気にする子供でした。

高校時代の長期入院、大学時代の下宿生活、阪神大震災、独立などで考え方の改造に成功しました。結果はともかくも成功はしました。

未来から今も過去の考えていくという形に。

それでずっとやってきたし、大きな問題もないし、自分の心持もしっかりするし、といい事づくめに思えていました。

でも、それは「今」を軽視するという姿勢の裏返しでもあるのですね。
「未来」からすれば「今」は乗り越えられる対象として、そこにあります。
ある意味、「今」を「過去」としてまとめてしまうという姿勢も孕んでいます。

もちろん僕は「今」を体現する芸術表現が大好きです。
例えば、BeatniksやBeBopなど。

でも、それすらも「革命的」という今を乗り越えていく運動としての性格に惹かれていたのかもしれません。

このことは真剣に振り返る必要があると考えています。

最近は元町の南京街をよく通り抜ける

で、はじめて気が付いたのだけど、結構ひんぱんにお祭りやっているんだねえ。
観光客向けなんだろうけど、元町商店街と比べると年中お祭り気分の街が横にあるというのも変な感じだね。

神戸の南京町

夏が終わる。秋が始まる。

というわけ。いつもよりも仕事ばっかりの2007年の夏。

でも、なにか変わったのを感じた夏だった。いや何かが終わったのか。

“夏が終わる。秋が始まる。” 続きを読む

小説を書きたくなってきたなあ

ビレッジバンガードに立ち寄った時にジャック・ケルアックの「荒涼天使達」(?)が売っていて、そのあとがきを読んだら、やけに小説をまた自分で書きたくなってきた。

ケルアックも自分のために書いていた時が一番、いい作品を書いていたようだ。

しかも書きまくる。(多分、読み返さない。だってラリって書くから)

僕はもちろんラリったりしないけど、書きまくるのは好きだ。意味もなく。

それでいいのなら・・・

X01HTのWM6のROM

を最近は色々なアレンジされたROMを入れ替えてみる。
ROMをアレンジしている人ごとに個性があり、面白いなあ。

この楽しみはパソコンでは既に失われたけど、携帯電話ではまだまだあるね。
何が楽しいって、やっている事が失敗したら電話が終わりという緊張感というかね。

まあ、禄でもない楽しみとは分かっているけど。

写真の保管

最近はLeicaM7のカラーネガでばっかり写真撮っているので、保管はもっぱらアナログ方式。

仕事柄、QV10の頃からデジカメは使っていて、フィルム不要で現像の費用が不要ってデジタル最高!
って本当に最近まで思っていた。

でも、保存するということにおいてみれば、お金も手間も同じなんだよね。
デジタルは永遠に保存メディアを管理し続けなければいけない。
ましてや方式は色々に移ろうから定期的に移植していかなければいけない。
DVDで保管してもディスクは傷むし、うちの会社でもバックアップしたDVD内のデータがいつの間にか一部破損していることなんかざらだ。

一方、ネガはある程度雑に保管しても乾燥さえしていればという部分がある。
現像して終わりだし。
それに古いデジカメの画像って、なんか見れないよね。

フィルムは腕のよしあしはともかくとしてそこは大丈夫。

なんだか自分の仕事の存在論まで考えちゃうな。
きっと画像の保管でみんな気がつき始めて、アナログとの使い分けを真剣に考え出すだろうな。

書店を圧する勢い

今日は久しぶりに(1年ぶりくらい?)に梅田の旭屋に足を向けた。
ここの哲学書の階がコンパクトにまとまりながら時代を感じさせてくれていい感じなのだ。

で、びっくりした。

時間の止まった感のあった哲学コーナーが政治的な、時局的な雰囲気を全般に醸し出していたのだ。

それは格差社会、ニート&フリーター、食えない!、アンチグローバリズムなどが身近な感じで棚を占拠していた。
個人的な、内的な、分かる人には分かる的な哲学ではなく、行動する哲学が満ちていて驚いた。

明らかに動いている。

僕の新事業も時代に引っ張られているとしか言えない。

X01HTのWM6化

を行ったが、動作のほうは特に安定したとか、早くなったとかは感じない。
使用しているソフトウェアが変わらないからかもしれないけど。

PIMをPocketInformantに集約したら、俄然使いやすくなった。
でも、まだまだPalmみたいな気軽さがないなあ。永久に無理かもね。
PC用のOSのコンパクト版という位置付けである限り。

でも、PDAからの通信を担保に大きなデバイスへさかのぼる「Plam Foreo」はコンセプトは面白いよなあ。
しかもLinuxで開発するあたりも、さすがにセンスがいいというか。

今、僕もUbuntu使っているけど、作業のほとんどがFireFoxで完結する現在、OSなんて本当にどうでもよくなってきていて、
むしろセンスのいいものか無料のものを使いたいという欲求のほうが強い。

そういう意味では、
センスのいいもの=Appleであり、無料のもの=Linux系という感じかな。

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