夏の豪雨にやられた。


昨日は朝から曇り空だったけど、古い友人の式の時だけは、青空を覗かせた。
それを鵜呑みして、京都国立近代美術館へ。

閉館ぎりぎりに外に出てみると、バケツをひっくり返したような・・・
としか言いようのない土砂降りだった。

美術館からは閉館で締め出された人が溢れて来るし、屋根の下に入っていても雨が降りかかってくる。

というわけで、傘を差し、地下鉄を目指して歩き出したけど、すぐに断念。
その時点でズボンもシャツもびっちょり。

何とかタクシーを拾い、四条河原町まで戻り、しばらくすると雨が上がった。
その間にGAPでゴムぞうりだけ買い、歩きやすくした。

その後、寺町辺りで晩御飯先を探していると、再び土砂降り。
いったいどうなってんだ??

ハイボール1000円で飲み放題。
しかもハイボールタワーがあるから、安定してうまい店を見つけたので、飛び込んでグビグビ。鶏料理もなかなかのいい店だった。
また行きたい。

で、何とか自宅に帰り、シャワーを浴びて、一息つくと、今度は雷。
変な天気の一日だったな。

その割りに活発に活動できた休日だった。
ある意味、夏を満喫できたかな。

夏の京都へ

image130068097.jpg古い友人の結婚式に参加しに、京都へ向かう。祇園祭も終わりと言っても、観光客でごった返す京都です。

式が終わって時間があれば、京都国立近代美術館のソヴィエト無声映画のポスター展を見れたらいいな。

式には愛用のRD-1sを持参するけど、多分、マトモな結婚式写真は撮れないだろうな。スマヌ、友人よ。(笑)

その角の向こうは?


キリンとサントリーが合併を協議して、
トヨタがマツダにハイブリッドエンジンの基幹ユニットを提供する時代。
リーマンショック以降、何でもアリになってしまったような気がする。

僕らも約15年間にはじめたビジネスをやりながらも、
小さな会社ならではの速度と決断で変わらなければいけない。
実は小さな会社のほうが変わりにくかったりするんだけどね。

とはいえ、あがき続けて数年がたち、少しづつ角が見えてきた気がする。
角と言うのは、曲がってみなければ、その先は分からない。

でも、角(分かれ道)すらも見えない状態では、
道が途切れたら終わってしまう。そんな気がする。

角とは可能性であり、終わりであり、始まりであり・・・

そういえば横尾忠則は、Y字路のシリーズを書いていたな。
あれもそうか。

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初音ミクと中の人にみた新しい価値観

YouTube: 【小倉唯】みっくみくにしてあげるを比較してみた【初音ミク】

モーションキャプチャーの中の人が出てくるという衝撃。
普通は「見たくねえよ!」って感じかなあと思っていたのだが、
本人がかわいいということやダンスがCGよりも切れがあるという
事実に何度も比較動画を見てしまった。

声優人気も中の人人気だと思うけど、モーションキャプチャでもありうるのだと新しい価値観を感じた。

ブログ。


ここ最近は、堅苦しいことばかり書いていたような気がしてきたので、ちょっと気楽な本来的な「Blog」にしようかなと思いだしました。

実はiPhoneには、ジャーナルという名称で毎日の気がついたことをメモしている。なんでも書いているので、なかなか公開は出来ないけど、日々のささいなきがついたことを書いている。

その中からブログで、もう少し深掘りしてもいいかなあ。と思ったりした。
といっても、ブログはいつも書き飛ばしなので、できるかどうかわかんないけど。

まあ今更、このブログもやめられないし、何回も方針変更しているので、また色々と考えよう。

終わりのない試合


勝ち負けでなく降りることのできない試合を続けていると、たまに気分はささくれだってくる。

でも、やり続けるしかない。
続けるしか負けない方法はない。

強い意志と行動力を。

相対性理論

YouTube: 相対性理論 – スマトラ警備隊

これにハマっております。
久しぶりに日本でしか生まれないロックバンドや~!
と言う感じ。

しかも素っ気なさがいいね。

“相対性理論” 続きを読む

一旦、休戦


今年に入ってひた走ってきた営業活動も、ほぼ終了し、一応の成果も見えてきた。リーマンショック以降の各企業の業績は厳しいものがあるけど、ハードな調整を乗り越えて、「次は!」という雰囲気が出てきたのも事実。

各社の担当者の皆さんからは単発ではない関係を意図しながら、色々とアドバイスや協力をしてくださった。

感謝、感謝だ。

で、秋以降や来春に向けて、この夏は再び仕込みの季節になってきた。
これの繰り返しで前にジリジリと進むしかない。

錦旗


ここ数年弱続いた「内戦」は収束と協働の方向に向かっているように思う。

双方の主張や考えは、両方とも「正しい」から、余計に答えは出ない。

日本外史が示しているように、実力が拮抗する場合は「正統」である方が
強いのだ。

僕らは力を溜めながら、「正統」に身をおけるように努めた。
最後は、その歴史に学んだ戦略が実を結んだように思う。

その戦略をとれたことは、僕自身を成長させてくれたように思う。
天命を革めることと「正統」は矛盾しないという歴史を体感できたから。

年を経たということでもあろうが。
昔の僕にそんなこと言おうものなら・・・(苦笑)

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