のんびりもんの主題歌。

昨日、高円寺麦酒工房へ迷いながら、路地をウロウロしていると、オンボロアパートが立ち並んでいる筋に入り込んだ。夕方だが、まだ日の高い時間。

アパートの古い外階段からおっさんが降りてきた。アラーキーみたいな髪型(ハゲ方?)で伸びきったロックTシャツを古いジーパンに入れている。便所スリッパでだらだら出てきた。手にはなにか握っている。僕がアパートを通り過ぎる時、おっさんは路地に丁度出てきた。人気のない路地だっただけに少し驚いた。
しばらく歩いて振り返ると、おっさんは路地の真ん中に佇んでいる。

そして、おもむろにジャンプ!なんと縄跳びを始めた。
手に握っていたのは、昔、小学校でよく見た透明ヒモの縄跳びだった。

おっさん一人でビュン・ビュン縄跳びを路地でやっている。
夕日の中で。(笑)

思わず見入ってしまったせいで、肝心の高円寺麦酒工房を通り過ぎてしまい、余計に迷ったのであった。

そんなことを今朝思い出していた時、この曲も思い出した。
歌詞の最後には「実際さ。これはのんびりもんの主題歌なんだ」とある。
のんびりもんは、おっさんなのか、僕なのか。(笑)

そして、麦酒工房で2杯ひっかけて、いい気分で高円寺駅に行きとは違う道で戻ると、迷うことなく最短距離で戻れた。

Adsenseをブログに導入すること

Adsenseをブログに導入することで、アクセスされる記事について考えたり、PVへの関心が強くなったりして、結果的にブログ更新のモチベーションが高まったというのを見かけた。ずっと導入してなかった古参のブロガーさんなので、余計にリアリティがある。

今更ながらちょいとやってみるかなぁ。
仕事の勉強にもなるしな。

無線LANとコンパクトデジカメ

最後に買ったコンパクトデジカメはGRDigial初代で2005〜6年のことだったか。
となるとすでに数年前ということになる。
いつの間にか使わなくなったのはiPhoneのカメラ機能のせいだと思う。

手軽に美しく、パソコンへの取込も自然にできてしまうiPhoneはそれまでの携帯電話の
カメラ機能を置いてきぼりにした。

Nokiaのカメラ機能が強い機種を2〜3代続けて使って、しょっちゅうFlickrにアップロードして嬉しがったりしていたけど、
それもiPhoneの登場と豊富なアプリのせいで全く興味を失ってしまった。

ただ、最近は少し限界を感じている。
ひとつはバッテリー問題。iPhoneでバシャバシャ撮っているとバッテリーの減りが激しいのだ。

そこで、久しぶりにコンデジを見てみると、ようやく無線LAN機能がついてiPhoneやスマートフォンとの連携が簡単になってきたりしているらしい。
またEyeFiくらいしかなかったSDカードに無線LAN機能が組み込み型の製品も複数出ているらしい。
そういうわけで急にコンデジに興味が出てきたわけだ。

普通のコンデジ+無線LAN搭載SDカード

無線LAN搭載コンデジか。

後者は無線LAN一体型の良さがあるものの出始めの製品だからちょいと割高。
あと使い勝手についても、まだこなれていないかも。

とはいえ結局、筐体の良さと画質で選ぶので、ヨドバシのカメラコーナーへ久しぶりに行ってみるかな。

43歳になりました。

阪神大震災をきっかけにして、WEBを通じ、社会の小さな組織や人を強くすることを仕事にしようと今日までやって来ました。一定の役割を果たせたかな、とここしばらく思っていたのですが、東日本大震災とその後のフクシマの悲劇。そしてスマートフォンという新しい可能性により、国内でやることがあるという気持ちが再びムクムクと湧いてきました。

素晴らしい世界を作るために、今年も新たな気持で頑張りたいと思います。

一人の日曜日&@東京

仲見世!焼きたての人形焼を食べながら、人ごみをかき分けて境内へ。

午前中一杯仕事を行い、いい天気を確認して、代々木オフィスの出発を決意。

東京都庁の最上階が無料を確認したけど、久しぶりに浅草寺に向かうことにした。

以前に行ったときは、雨だったし。

今日の浅草は日曜ということもあってか、すごい人出。活気があって悪くないかな。

浅草寺の境内からスカイツリーがのぞいてる風景も悪くない。

本堂からスカイツリーが見えるのは、なかなかいいな。と思いました。

仲見世では、出来立ての人形焼きを。
帰りの通りで、もんじゃマン。
人形焼きはとっても美味しかったけど、もんじゃマンはいまいち。

その後、六区という通りに初めて行ってみたけど、ここはもう寂れてたな。
おっちゃんたちがコンビニで買ったカップ酒をあおっていた。

神谷バーを目指したが、近くの橋からスカイツリーがよく見えるらしく人出がますますのスゴい。とても入店できなくて、店の前にできていた売店で、デンキブランをボトルで購入した。

神谷バーのリベンジはまた。

そのまま、どこで食べるか?みたいな感じで新宿まで戻って来た。

結局、代々木オフィスの近所のサイゼリアでビールとペペロンチーノに半熟卵をかけたやつ。これが以外に旨かった。

新宿では、なんかデモやってて騒然としてたけど、隣の席では受験終わったカップルが、誰と誰が付き合ってるみたいな話と入試問題を同列で話していた。

春よ来い。

梅と武家屋敷

今、秋までの企画を立ててる。
5月にはまとめて休みを頂く。
できるだけ、いろんな人やところに出向く。

今年は今まで後回しにしていた、可能性探しをやるんだ。
だから早く暖かくなってね。

あの時の自分。今の自分。

ブログとTwitterで一年前の自分を振り返ってみた。改めて自分ができたこととできることを見直すために。

Twitterでは3/14早朝の新幹線で東京へ入っているのだけど、新宿ベルクの迫川さんから「いつも通り営業してます」とメッセージを頂き、夜に立ち寄った記憶が蘇った。Twitterではとにかく震災による混乱と妙なテンションの高さが自分のTweetからも感じられる。(繰り返し阪神のこともつぶやいている)
3/12夜にはこんなTweetをしていた。

「もう暗い憶測のツイートはやめ。今、この瞬間もきっと現場では諦めない方々が頑張ってくださっているだろう。僕らはできることを明るくやるしかない。posted at 20:55:24」

3/15に大学生協連内でWEB広報の議論を行い、当時の全国学生委員長さんからズバリとした応援コピーが考案され、あれでネット広報が動き出せると感じた。そのことをTweetしていた。

「ネットによる広報なんかが一気に進みそうだなぁ。posted at 15:16:21」

その後、自分のブログは淡々と自身に言い聞かせるようなエントリーをしていた。

3/1「変化の3月。
という自分の仕事を転換しようとしていて、こんなことを書いていた。
「年が革まる時はすべてリセットされる感じかな。」

そして、3/11が起き、3/13日曜日夕刻に「できることを。」というエントリーにこんなことを書き付けている。

「僕はネットが人をつなぐ力、弱いと人たちを励ます力を信じてる。
今日までそうしてきた。僕に出来ることをやろう。」

実は3/14に東京に行くことを奥さんは不安がっていた。収まらない揺れと原発事故の不透明さ。そんな中で「できることを。」という想いを抱いていたのだと。3/16に大阪の自社に戻り、「当社はネットで協力する。」と社員に伝えたのを覚えている。

3/18「考える。行動する。祈る。」というエントリー。

「自分なりにやれることをやった後は、、、祈る。」と。
動き出したネットを通じた情報発信のお手伝いについて、「やるしかない」という心づもりだろう。

3/21「さぁ。みなさんで一緒に!」というエントリー。
阪神の復興を書きつけている。

時間は容赦なく進む。とにかく「考える。行動する。祈る。」しかない。
1年たっても同じ心持ち。

対面販売の価値とは。

家電店で食洗機を見に行った時のこと。陳列された機種を何となく見てると、店員が近づいて来た。メーカー派遣ではなく、その店のスタッフなようだ。

僕らは候補の機種があったのだけど、他のメーカーの同等機種との決定的な差を理解できないでいた。 ネットのレビューは読んでいたけど、レビューというのは、個別機種については書いてあるけど、任意の複数機種を比較して評価はしていない。だから似た機種があると悩むのだ。
店員にその二機種の差について、違いを聞くと、スラスラと胸に落ちる説明をしてくれた。
これぞ、対面販売!と嬉しくなり、もう一点の気がかりをきいてみた。

「古い機種が当然いらなくなるわけだけど、有料でもいいから納品の時に引き取ってくれない?」

店員の答えは、「できません」。
理由も説明をしてくれたように思う。

それで、僕らの意思は価格コムの安いところで買えばいいやって、意識にかわってしまった。
対面販売の意義は顧客の選択支援だが、購入支援ももっと大事だ。

でも、もちろんできることとできないことがある。
そして、合理的な分業はますます対面販売でできないことを増やしているように思った。

AppleStoreみたいな形なら別だが。

ダラ随

最近、MacとiPhone、iPadで書いた日記がiCloudで同期できるアプリを使っていると、特に公開で書くこともないな。と思われて、ブログが放置気味になっている。

とは言え、Twitterで細切れに思いをしていると漠然とした不満が溜まってくるので、どこかできちんと書いておきたい気もしている。

自分の中でブログの位置付けが日記でもなく、誰かに見せて意見も寄せて欲しいものでもなく、なんでやってんのかわからんものだけど、今更やめるのもアレなんで続けてる。もう何年続けているのやら。

Facebookは一人で考えをまとめる場所でもなく、Twitterはいわずもがな。
そんな訳で非公開の考えはDayoneとモレスキンへ。
なんとなく公開でてもいいかな。みたいな考えはブログ。

そんな感じだろう。

自分のまとまってない考えを公開してしまうには、難しいお年頃になったということか。
またしばらくすれば、そんなことも関係なくなるのだろうけど。

とダラダラとかいて更新しておく。
微熱が続く今日この頃。

Posted from DPad on my iPad

「あんぽん」、思い出、若い日の。

L9492192_DXO

今朝、冬の冷たい風が吹きすさぶ中、武庫川沿いのフリーマーケットへ奥さんを送った帰り道。ふと、先日読み終えた佐野眞一の「あんぽん」の最後のエピソードが蘇ってきた。

「あんぽん」は孫正義氏の父親を中心とした孫一族三代に亘る「血と骨」のドキュメンタリーだが終始、文章からは怒声と決意表明と血の匂いに満ち満ちている。

最後の最後に孫正義氏の実母のコメントが出てくる。
それは、密造酒作りや金融業から九州一のパチンコ王にまでなりながらも、いろいろな噂のある孫正義氏の父親である別居中の旦那について振り返る。

それは、バイクに二人乗りで集金に駆け回った若き日のことを美しい思い出として。

かつて義理の母親からも同じようなことを聞いた。今は寝たきりの板金屋の義父との思い出を。

僕自身は、90年代末から仕事が急増し、某大手印刷会社に毎週のように深夜納品をしていた。一人で行くと、眠くなるので、嫁さんと二人でひと気のない国道二号線をひた走った。

「あんぽん」読了後の何とも言えないくすぐったいような心持ちについて、ひっかかっていたのだけど、不意に自分の中で答えが出た気がした。

「あんぽん」自体がいい出来かどうかは、よく分からなかったが、個人的にはとても印象深いシーンの多い一冊だった。

Posted from DPad on my iPad

WordPress.com Blog.

ページ先頭へ ↑