MSK

モレスキン手帳に貼れる PDF を作成する MSK ツール | Lifehacking.jp.

最近はアナログとネットの使い分けが自分なりにできてきた気がする。
モレスキンに紙を貼ることは最近減っていたけど、少し前まで気になった新聞記事やいろんな紙は切り貼りしていた。

Evernoteのおかげでネットで見つけた文章などは放り込めるようになったけど、やはり手元においておきたい情報もある。

そんな時にMSKは便利だな。
さすがLifehacking.jpさん!

関節炎


ここしばらく左膝が痛くなったりするので、歩きにくくなってきた。
と言うわけで、整形外科に行ってみた。
なんでも「関節炎」らしく、ちょっと水も溜まっているようだ。
どうりで痛いわけだ。

僕は喘息の吸引薬も飲んでいるので、関節炎を抑えるきつい薬が使えないらしい。しばらく、地味な電気治療と塗り薬で対応することになる。

時間がかかりそうだな。
でも、暖かくなってきたので、治りも早いことを祈っている。

春戦線へ

image714441696.jpg春の訪れとともに、この冬に仕込んでいた作戦が開始される。

作戦の準備は十分とは言えないけど容赦なくサイは投げられる。

準備万端なんてあり得ないから、限られた時間でベストを尽くすだけだ。

言い訳は死ぬ前だけでいいだろう。
と強がりを言い放って、春戦線へ!

40になった。

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何かが一区切りの気がするけど、何が一区切りなのかを、しっかりと言葉にするには時間がかかるかな。

26歳でWEBの仕事を始めて、ガムシャラに走ってきた。

いつの頃からか40歳になったら、仕事が制作と言う(ある面での)安全地帯から最前線へ戻るような気がしていた。

30代半ばに自分の会社について、「どうしようかなあ」と考え始め、結果的に30代後半に新しい事業を始めた。

開始して約3年。まだ収益は出るところまで行っていない。
でも、3年と言うひたすら新しい最前線で戦ったことで獲得した根拠地から始まる物語を予感している。

ネット系の企画稼業もすでに15年を数えるまでになったけど、企画屋というのは「器」を作るのが仕事とも言える。

でも、ここから始まるストーリーは「器に魂を」込めることがテーマとなるのではないか?と想像している。

今のところはね。

持つことから時間を獲得することへ。

リンク: asahi.com(朝日新聞社):【ネット】2008年メディア状況を象徴 オーマイニュース失敗の「意義」 – メディアリポート – デジタル.

競争は「メディアを持つ」ことから「ユーザーの時間を獲得する」ことにシフトした。メディアが増え続けても、1日は24時間しかない。既存メディアも、次々と生活の中に入り込むブログやSNSといったソーシャルメディア、携帯、ゲームとの競合に巻き込まれている。何のために、誰のために存在するのか、常に考える必要に迫られている。

僕もSNSを運営しながら、メディアを持つことの敷居が下がり、ユーザーの時間をどれくらい占有できるかという戦いだと日々感じている。

一方、運営サイドからすれば、ユーザーの時間獲得のための絶え間ない活動を求められることとなり、24時間、運営の戦線維持を求められることとなる。まさに消耗戦だ。見ようによっては。

だから運営サイドの負担を軽減できる自律的なコンテンツ運営、コミュニティ運営が必要となってくる。

SNSだから、ブログだから、それだけで「自律的な」活動が実現するということはない。メディアを持って満足していることと同義だ。

でも、SNSなりをやれば、勝手に盛り上がるって思っている人って、まだまだいるんだよねえ。(苦笑)

おわって、はじまって。

image1129432050.jpg終わりと思ったら、それが始まりだったり、その逆もあったり。

全く人生は油断ならん。
でも、時間は、真っ直ぐに進んで行く。

僕を確かにするもの

image1004626104.jpgライカのフィルムカメラ
TokyoBikeのロードバイク
クロムのメッセンジャーバッグ
モールスキンのポケット
ペリカンのスーヴェレーン600
チョムスキーのアナ論
iPhone

あとは僕の手と足があれば、一人で世界と戦える気になる僕に勇気をくれるモノたち。

ググれば。

image1025506070.jpg今朝のニュース番組でもそうだったんだけど、ググれば分かることを、現
象を調べるとか言って、町の人にマイクを向け、大騒ぎして、わかった!
とか言ってる番組多いな。
検索ワードを並べるだけの番組もよく見るし。
テレビって自分達で発信するんじゃなく、ネットに寄生し始めてるんか
なぁ。
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飛ぶために踏みしめる。

image570274504.jpgヨーダの教えを待つまでもなく、彼方ばかりを夢見るのではなく、ここで飛べ。ということだ。

とはいえ、飛ぶために踏みしめるココを自分達で作り上げたからこそ、飛べというコトバは意味を持つことが出来た。

ほんの少し前、ココは彼方だったけど、ココなんだ。

堕ちる事を怯えながら、飛ぼうとする事ができる喜び!

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