当たり前すぎることなんだけどタイトルなんだけど。
バランスが悪いから、反対側にさらに力を加えてバランスを矯正使用としていた。
うまくいかないから更に力を・・・
という悪循環になっていた。
これじゃあ転ぶよね。
ということで、あきらめて力を抜いたら一気に解決した。
方に力が入る癖は抜けないけど、力を抜くコツを今更、体得した。(苦笑)
写真のようにならないようにね。
立ち飲ミストで経営者のモヤモヤブログ
すべてがインフレな上海の旅から帰ってきた。
撮影した写真は100枚以上ありましたが、あんまり面白くない。
きっと僕が呑み込まれてたんだろう。
だって、街全体に活気があって、格差は乗り越えられると言う夢に満ちて、悲惨と換気が肩を組んで喚いているんだから。
上海から関空につき、大阪市街地を歩いて感じたこと。
…日本って田舎だな。ってこと。
新宿は?渋谷は?六本木は?
って見方もあるけど、人間の密度の広がり方がぜんぜん違う。
上海の地下鉄に乗れば、ITガジェットの広がり方がぜんぜん違う。
日本には、もう100階建てのビルが建つことはないだろう。
新しテクノロジーは、もう日本を素通りしていくだろう。
そして、当たり前のことに気がつかされたことがある。
「市民が買える値段と品質で、欲しいものを提供しなければ成功しない」ということ。
サントリーがプレミアムモルツが上海市民のビールになっている。
味はスカスカ。アルコールは3.8%で軽い。
値段は・・・5元とかそんなの。
でも、それが市民がまだ見ぬ欲しいものだった。
日本の大衆食「牛丼並」が390円~290円。
元換算(1元=13円として)で約30元~22元だ。
僕が食べた上海市民の大衆食の牛肉麺が20元。ぶっかけ丼が30元。
(380店展開するチェーン店のメニューなので一般市民のファーストフード)
つまり・・・すでに一般市民レベルでは、上海市民と普通の日本人の生活水準は、そう変わらない。もちろん中国には絶大な格差があるので、安いものはいくらでもある。でも、内地からの出稼ぎ労働者くらいしか1杯4元のような飯は食わない。(僕は食ってみたところ、うまかったが)
いや、むしろ日本の方が伸びシロとしての「格差」がない分、息苦しい。
日本のテレビはいまだに日米中という言い方をしているけど、すでに中米の時代だろう。(中国のケーブルテレビを見れば分かる)
ともかく国内で仕事をする以上、アジア視点での現在の経済レベルを想定して提供するサービスを考える必要がある。
また、中国と言う大陸と13億の民を無視して、今後十年の計画もありえないと思い知らされた旅だった。
まとまらないけど、ひとまず今の気持ちを。
Shareaholic for Firefox :: Add-ons for Firefox.
URL欄の右端にアイコンが出てきて、そこから表示しているページをいろんなソーシャルサイトやらWEBメールやらブログやらに投稿です。
異様に便利です。
ただ、日本のソーシャルサービスはないけどね。

来年のスケジューラーをネットオンリーから手帳と同期型に運用を変更しようと決めて、ミドリのトラベラーズノートを買いました。
開発者のインタビューも良かったし、何より打ち出し方にブレがない。
発売当初の「皮にノートをはさんだけだろ?」という買わない人の批判も時間とともに消えていき、その諦観したような姿勢にも共感していた。ウイークリーのバーチカルタイプのスケジューラーがあればなあと思っていたら、いつの間にか出てました。
というわけで10月に購入して、メモ用のノートも挟んでみた。
すると、A5スリムサイズが僕のメモの大きさにびったんこだったようで、バリバリつかっている次第。
で今度の上海の旅にも同行させれるのだけど、これまた伊達にトラベラーズノートと語っているわけではなく、航空券がすんなり挟めたり、むちゃくちゃ便利やないですか!
クオリティの下がりまくりのモールスキンを見限って、こっちにメモ関係は乗り換えようかなあ。
とも考えている次第。
決して、誰かに頼らないつもりで活動していると、とても大変だけど、自分たちの責任と能力の範囲で前に進んでいく。
でも、時折、突然に、「同志」は立ち現われる。
「同志」だ!とうれしい気持ちがわき上がっても、基本的に片思いでしかない。
でも、「同志」との出会いは、恋のように、突然に僕の心を掴まえる。
これが、僕の理想とする「連帯」なんだろうな。
ここ最近は東京を行き来することが多いので、おのずと新幹線に乗ることが多い。
あまり頓着せずに予約を取っていたのだけど、N700系の窓側なら電源があるわけで、それを意識して予約するようになった。
僕の大好きな窓側だし、電源あるし、無線LANも車内にあるしで、本当にいい感じ。予約が取れないとがっかりしたり。(苦笑)
昨日の出張でも往復ともに窓側&電源確保!
行きはNetwalkerでメールを見たり、RSSを読んだり、マイコネのぞいたり。
帰りは、バッテリーのへたったiPhoneを充電しつつ、またまたマイコネを見ながら、Netwalkerでまたメールを返信。
ただ、あまり小さなパソコンの画面を見ていると気分が悪くなってきます・・・。ご注意を。
家を5:30過ぎに出ると東の方はわずかにオレンジ色が湧いてきているけど、空にはまだ満月が浮かんでいました。
「満月の朝だ!」
と言葉が浮かびました。
iPhoneからソウルフラワーの松葉杖の男という明るく哀しい歌が流れてきました。
未来と過去が出会う朝は、新しく始まる何かを予感させました。
何のために?
と問われ続けた三年間を徐々に文字にまとめつつあります。
あと、すこし。
2006年1月以来、使ってきたTypePadからWordpressへ引越しを決意しました。
すでにTypePadの記事の多くは引越し済みです。画像は一部は引っ越せませんでしたが、あまり問題もないでしょう。ほとんどの大事な画像はFlickr引っ張っているので。
Twitterなどとも連携しながら、新しい公開の仕方を模索していきます。
あわせて「確認のためのメモ」から「決意の確認」へと当事者ログになっていければと思います。
40代の記録となりますように。
朝に感じる冬の訪れが昔は嫌いだったけど、今は逆に何かの始まりに感じられるようになった。
物事が静かで騒々しくなく、本来的な存在を現前させてくれるような気がするから。
これも冬に慣れてしまうと、今度は春まで忘れ去られてしまう。
季節の移り変わりは、存在を顕わにする契機なのかもしれない。