サンフランシスコで確信し、会社を辞め、あてもないのにこの仕事を始めた時、僕は経済的な弱者の側をWEBによって強者をひっくり返すことができると信じていた。
根拠は、、、「合理的な判断」なら誰もが賛成するはずだ。という奴だ。
所謂、鬱陶しい類の信念だった。
だが、結果としてその方針は半年足らずで放棄される。
合理的判断というのは、組織の方が容易に可能だと分かったからだ。
巨大組織は、存在の維持の為に「合理」を大きく重んじる。
そこでの合=理は、自分たちの理であり、利に適うかどうかでもある訳だが。
すくなくとも、合理的だとなれば、機械のように動き出す。
僕はそちらにわが身を投じた。巨大企業であればあるほど、仕事は請けやすい。
しかも下請けシステム化されているので、その傘下に入ってしまえば、仕事は
当面降って来る。
そして、その判断は当たり、数年間売り上げは調子がよかった。
だが、IT化の波が予想以上の速度で広がり、今や「合理」的ではない、組織も
WEBへの相談を我々にしてくれるようになった。
彼らはやはり、今もって弱者だといえるかもしれない。経済至上主義的に見れば。
しかしながら、世の中には様々な組織や形態がある。
必ずしも大・中・小のレベルに分けられた企業の序列があるわけではないのだ。
彼らは利益至上ではなく、僕から見るとコミュニケーション至上主義だ。
だからこそWEBへの取り組みは最適であり、やらねばならない使命でもあるだろう。
(歴史的に見て取り組み自体は早いケースが多い。ただ、反省と継続性。それを支える現金・人員という基礎的な部分がなかった。年度の活動報告の賑やかし程度になっていたのだろう)
ここで、僕の初発の意志に戻る。
この利益至上とは異なる価値観の組織や運動を支援すべきか?
社訓制作で感じた僕と会社がイコールではないという深い問題が解決していないのだ。
士気に関わる重要な問題である。
組織とチームはいつの時代も矛盾の宝庫なのです。
あれプレゼン今日でしったっけ?
やる気ない時は単に体調悪かった、飲みすぎだった、みたいな考えもたまにはいいのではないですか?
「剥き身」が車海老だったみたいに、人間は実は話始めてから自分の考えが纏まってきたり、興味のない話は実は聞かれてなかったりする生命体なのです、社長なら問題ないですよ。
師範はなんと言ってもU戦士ですものなぁ~。
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