


京都の2回目の夏。
玄関先に置かれ、嫁さんがせっせと世話をしてくれた夏野菜たちが出来始めてきた。
以前に宝塚市から借りていた市民農園の出来とは格段に小さな成果だけど、街中の玄関先で無農薬野菜ができるのは嬉しい。

もう20年以上前に結婚式を挙げた八阪神社で、ちまきを頂いてきた。夏の厄払い。


少し前には氏神さんの梛ノ宮神社にて、嫁さんが茅の輪くぐりと茅の輪を作ってきてくれた。ちまきと茅の輪を玄関先に飾り、厄除けとするそうだ。
少しづつ京都の街のルールに慣れてゆきたいな。
立ち飲ミストで経営者のモヤモヤブログ



京都の2回目の夏。
玄関先に置かれ、嫁さんがせっせと世話をしてくれた夏野菜たちが出来始めてきた。
以前に宝塚市から借りていた市民農園の出来とは格段に小さな成果だけど、街中の玄関先で無農薬野菜ができるのは嬉しい。

もう20年以上前に結婚式を挙げた八阪神社で、ちまきを頂いてきた。夏の厄払い。


少し前には氏神さんの梛ノ宮神社にて、嫁さんが茅の輪くぐりと茅の輪を作ってきてくれた。ちまきと茅の輪を玄関先に飾り、厄除けとするそうだ。
少しづつ京都の街のルールに慣れてゆきたいな。
とにかく手書きの文字が下手くそで、後から自分が読んでも判読できない。読む気がしない。なんてザラ。だから、ワープロも好きだったし、パソコンでメモ打ちも合理的で気に入っている。
ただ、文字を書く。という行為に別の面があると思い知ったのは、台北の市場でのこと。もう15年くらい前か。
嫁さんの仕入れ旅に台北までついて行ったことがある。雨の日だったか、台北のどこかの市場で買い付けをする嫁さんとは別行動で、一人ぶらついていた。
市場はテーブルを各々が出して、雑貨やら石ころやらを売っていた。雨だったせいもあり、店主たちは暇そうに、新聞読んだり、だべったり、将棋を指したり。
その中で、ひとりの親父が熱心に書道をやっていたのだ。何かの手本を開いて、新聞紙に太筆で一心に書いていた。
ちらりの覗いたが、別に美味い訳でもなさそう。ただ、一心に、どこか適当に古い手本で書を書いていた。さして、目的もないだろう。そのシーンがあれは何なのだろう?と今も心にある。
最近、また台北の雨中の市場で書道やってる親父の姿がフラッシュバックした。
よし。と思い、自宅の近くの書道教室を探してみたが大人向け、日曜受講はなかなかなかった。
こりゃ独学だな。と決めた。
図書館から書道入門を2冊借りてきて、勝手師匠を決めることにした。
道具は、東急ハンズ京都店で筆やら下敷きやらをバラバラに購入。文鎮と墨汁、硯はなぜか家にあった。
ともかくも、これで独学書道は始められる。
コミュニケーションツールでもなく、文字が上手くなりたいでもなく、ただ「臨書」がやってみたかった。
さて、どうなるかな。ワクワクする。
時間をかけて基礎的な考え方をまとめてあると、ある日、その思考群が、急に現状に役立つことがある。スルスルと解決策を下支えするような。
基礎的な考え方の整理や深化をやってる時は何に役立つかさっぱり分からんのだが、経験的には未来の先取りであることが多い。
その思考は、自身の存在理由発という要件はあるが。
自身の可能性を守り育てるために思考は止めてはならず、記録しなければいけないなと思う。
即効性にとらわれない思考の断片の積み上げと管理こそ、多くの人が持てる資本だと思う。
最近はリーディンググラス(老眼鏡)と書かれていることも多いメガネ。
昨日は午後からリーディンググラスを探しに出かけた。
結局、+1.0をつければましということは分かったのだけど、近眼メガネを外せば、当面は困らないということも分かった。
そう。僕は日常的には近眼のメガネをしており、リーディンググラス導入した場合、二つもメガネを使い分けなければならない。しかも移動も多い。
2つのメガネの運用もセットで考えないと結局、リーディンググラスを使わなくなるかもなあ。と再認識。
さて、どうするかな。


地味な商店街のお祭りくらいに思って参戦したら、えらいことやった。とんでもない人出。なんでも、今回で8回目だそう。
有名なブルワリーも数多く出展してる上に、樽がどんどん補充されて、なかなか売り切れにならない。これもすごいなぁと思った。
前から呑みたかった京都醸造のクラフトビールか呑めて大満足だった。
ここしばらくで思ったこと。
会社の理念を日常的に浸透させる大切さは当たり前だが、自社のサービスについても、考え方や現状の中でのポジショニングについても認識を深化させなければといかんと思った。
そうでなければ、担当者レベルでのアウトプットが個人の「感性」的なものになってしまうんだと。一方、組織が厳しい状況の時に「上」ばかり見てる状態になるんだと。
この事態はオモテウラの関係性だ。
担当者が本当に自由に感性を発揮できる基礎的前提としての「認識共有」を図れる環境づくりは経営者の仕事なんだろう。
やる続けるべきことは多い。
元気なスタッフへ任せれば任すほど、僕が前やっていた仕事はなくなっていく。
が!任された担当者が前にすすめる意思を固めるなら、結果的に難しい悩みが生まれている。つまりシリアスな相談が持ち込まれてくる。そして、それを受ける僕には、明るく未来へ向けてやるという新しい仕事が生まれるという・・・。
これも過渡期なんだろう。
とはいえ、相談やら意見を求められるジェットストリームアタック的な事態は、任す前より時間も体力もいるやん。。
これは想定以上だった。(^_^;
とはいえ、こういうのもみんなが成長するまでの一時のことなんだろうな。

貴重な日曜日。
スニーカーを探しに街中へ出かけた。第一希望は「オニツカタイガー」だった。
1軒目の百貨店。「レディースだけはあります」ということがウロウロしてようやくわかった。
2軒目の百貨店。「最近、取り扱いをやめまして」とのこと。 とは言え、店内を歩くと、セレクトショップにはポチポチと置いてある。とても探す気がしない。
3軒目の著名なチェーンシューズショップ。取扱じたいがない上に、他社製品でも欲しいものがない。
4軒目のローカルなシューズ専門ショップ。 適切なプロの接客により、結局、違うブランドながら満足したスニーカーに出会うことができた。
もうクタクタ。実は合間にAmazonでオニツカタイガーの欲しいタイプの在庫があることは知っていた。 それでも、できれば試し履きして、ひさしぶりに買い物を楽しみたかったのだ。
結果的に、数時間を費やすのが全く楽しくなかったし、そのままAmazonで頼んでも良かった。 もっと他のコトで京都を楽しみたかった。5月の素晴らしい休日なのに。
まあ、心地よい接客に素晴らしいスニーカーの出会えたから良かったのだけど。 時間を使いすぎた。限られた人生の時間を。
もう、買い物はAmazonかネットショップでさがすのが第一だな。と思いながら、歩いていたら、おしゃれなアンティーク家具ショップに出会った。リペアして日常的に使える安価なアンティーク家具店だ。
今度引っ越す新オフィスに良い家具がないか?と熱心にのぞいていた
ここで、ふと思った。
リペア具合、アンティーク具合は実際に見て、触らなければこの商品は購入できない。何より一品物だから、店に行ってみないと出会えない。接客で、商品の由来や背景も聞いてみたい。
スニーカーでは、ショッピングが退屈でネットショッピングで十分。買い物の時間を他に使いたい。 と思った一方、
アンティーク家具では、また来店して、商品と出会いたい。店員さんと話したい。 と感じた。
わかりやすい商品の違いにとらわれずに考えるなら、ここに何かヒントがある気がする。 少し掴みかけている。それはなんだ?考えてみよう。
僕はスマホで、写真をぱちぱち取るので、それらをClipsでまとめてみた。
https://www.apple.com/jp/clips/
使い方もよく知らないのだけど、適当ながらもなかなか良い感じになる。
YouTubeにあげてから見てみると、挿入した静止画像の表示時間はもっと長くしないといけないし、BGMも丁寧にえらばいといけないけれど。
それでもいい感じだ。これからもう少し使ってみようかな。