どんな写真が気持ち良いのか?

結局、写真を撮るために京都に遠出した方がいいのだろうか?
とか、万博公園に行っても太陽の塔しか撮らなかったり。
自分が何を撮ると心地よく感じるのかを考えてみた。

行った先のランドマーク的な建物やちょっとドキュメンタリータッチな風景など、
そういうのを全然撮っても楽しくない自分に気がついた。
それは昨日の日曜日のことだ。

家の近くを撮っているほうが楽しい。そして、人を撮らなくても全然いい。

結局、人と共にあり、人を見守るコトを撮ると心地よいらしいとぼんやりと考えた。
まだ、確信ではないけれど。もうちょっと心の中を見つめてみよう。

銀塩カメラを撮らない休日って

意外に寂しいと思った。Leicaを使い出して、まだ1ヶ月ほどしか経っていないし、フィルムの数本しか撮っていないのだけど、デジカメとは明らかに違う心理状態に戸惑っている。

デジカメもFlickrも携帯電話のカメラも僕にとってはFotoLogという位置付けだった。
だから気兼ねなしにバチバチ撮るし、撮れなくてもまあいいか。位だった。

でも銀塩カメラには、Logという感覚を持てない。
まだ、うまく言い表せないのだけど、今までとは違うということだけは確実で、休日が微妙な天候のためにLeicaをぶら下げて、撮影に行けないと「寂しい」ということは確かなんだ。

さあ、帰ろう。

今週は毎日、重要な飲み会で、全然家にいなかった。

昨夜も名古屋で一晩を明かした。大きな収穫があったけど。
でも、やっぱり家のお風呂に入って、テレビをザッピングして、好きな本を斜め読みして、
いつも間にか寝ちゃってる。

そんなのがいいよな。さあ、帰ろう。残りは明日に。

れんげ畑へお散歩

嫁の言葉に従い、車で10分ほど走ったところにあるという「れんげ畑」に出かけた。
スーパーの駐車場に車を突っ込み、「畑はどこ?」と聞いたところ、よく知らないらしかった。
というわけで、うろうろする。

と、しばらく歩くと、電柱に適当な感じで矢印が出ていた。

で、もうちょっと歩くと。。。

そこに小さくて可愛いれんげ畑が広がっていた。

太陽の塔の腕と太陽

3月の誕生日にLeicaM7を買ってもらって以来、仕事の合間を縫って、休日には撮影と散歩に出かけている。

しか~し、全くキリリと晴れない。

万博公園に民博の「聖地巡礼」と桜を見に行ったときに撮った写真。
不気味だ。

デジカメの時には、まったく考えなかったのだけど、自分が撮りたい写真。切り取りたい世界。ってなんだろう?と考え始めている。
そんなきっかけをLiecaは僕にくれている。

そんな独特の存在への問いかける力があるんだろうか?
一眼レフにもあるんだろうけど、重すぎてなあ・・・

プレカリアートのメーデー

自由と生存のメーデー07 | precariat mayday 2007

すでに死語とも思われたメーデーという言葉が実感と社会的な「弱者」の声を上げるキーワードとして復活しつつあるようだ。

ストリートカルチャーとも連携しながら動き出している。

ビラから運営事務局の方々の言葉を抜粋しよう。

労働を道徳と結びつけ、勝ち誇って人に生きる資格を問う者たちに、差別と排除で人々を切り分
け敵対させる者たちに、私たちは全身で反対する。「ただ生きること」を肯定する私たちは、この社会にもたら
されている「戦争」を拒絶し、侮蔑と不正に連帯で応じる。この自由と生存の日に! プレカリアートの反攻の
日に!

反攻の開始。勇気の出る言葉であるとともに「居直り」との圧力に負けない、周りを巻き込む力がつけば・・・

「プレカリアート」という言葉

たまたま手に取った新聞に載っていて、言葉の定義を読んだ時に、久しぶりにドキドキした。

Wikipedia
にもあっさりと載っている。

新自由主義経済下の不安定な雇用・労働状況における非正規雇用者および失業者の総称。(中略)

新自由主義経済下、自らの不安定な「生」を強いられながらも、その競争への参加を「放棄」する人々は、上記のカテゴリーにとらわれることなく包摂されうる。プロレタリアートと語呂を合わせることで、新自由主義における新貧困層の現実との向き合い方を示している。イタリアでの落書きから始まった言葉と言われる。

つまり、不安定な雇用状態にある人たちは職種も正社員かアルバイトかも性別も都市か田舎かも関係なく「プレカリアート」なんだということ。
誰も彼も不安な今の世の中。すぐに解雇できうる環境にある現実の中で、人たちがつながれる言葉だと思う。
一方、経営者も中小企業はどうなんだろう。小企業などは派遣社員などは使えない。時給が高いから。
彼らも入れてもらえるのだろうか?

My First LeicaM7で初陣!

前日が大雨だったので、LeicaM7の初陣は諦めかけていたら、曇りながらも雨は降らずも持ってくれた。
で、車に放り込み、家人とともにアーモンドフェスティバルに出陣した。

フィルムの残りがあと5枚と中途半端は感じだったのだが、途中の道では撮らずに無料バスに乗り、アーモンドフェスティバルに行ってからフィルム交換となった。実際に現場で立ったままにフィルム交換できるかを早めに試したかったのだ。

底蓋をはずし、フィルムを差込む。初めてだったので少しまごついたが、これは慣れれば結構、すばやく行けそうな予感がした。

で、24枚をさくっと撮り上げて、DPEへ直行。

あがってきた写真を見て、初めての感動を覚えた。
レンズの力とアナログフィルムの質感。
これは凄いな・・・ 今更だけど。。。。

癖になりそうだ。

Summicronのキャップを買った

誕生日に買ってもらったLeica M7のレンズがSummicro50mm/f2だった。
カナダ製?らしい。カメラ屋の方が提案してくれたレンズで予算を少し超えてたけど、とっても真摯に接客しくれて信用できそうだから購入した次第。

ただ、専用の純正フードが曲者だった。
キャップをする時に、いちいとフードをはずして、ひっくり返して再度、フードを取り付け。
そうして、ようやくキャップをつけることができるのだ。しかもフードの爪はとっても引っ掛かりが悪い・・・
というわけでフードをはずした状態でもキャップをつけられるようにしたかったのだ。

今日の打合せが早めに終わったので、帰り道の中古カメラ屋で相談してみた。
あっさりとあったわけだが、小さなキャップはとても高い買い物だった。。。。。

でも、付いたから一安心。あとはカメラバッグ対策だな。

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