年末年始にかけて、東アジアの中国、韓国、二品の大都市を自分の目で見て、現地の人たちに話を聴いて思うことは、バブルと不景気しかないという超不均衡な情勢だ。
経済や生産体制がグローバル化した結果、富は不均衡になったし、資本自信が生き残る自律運動をしているかの如く未来を現在へ持ち寄せ、決して人にはもたらさない。
まずは、何をすればいいんだろう?
ちょっと途方にくれてしまう感じだ。
立ち飲ミストで経営者のモヤモヤブログ
年末年始にかけて、東アジアの中国、韓国、二品の大都市を自分の目で見て、現地の人たちに話を聴いて思うことは、バブルと不景気しかないという超不均衡な情勢だ。
経済や生産体制がグローバル化した結果、富は不均衡になったし、資本自信が生き残る自律運動をしているかの如く未来を現在へ持ち寄せ、決して人にはもたらさない。
まずは、何をすればいいんだろう?
ちょっと途方にくれてしまう感じだ。
とっても大きなクリスマスツリーでした。BGMがなんかメローな曲が多いような。
京都駅の大階段に皆さんが座って、ぼんやりともの思いにふけっていました。
ますます難しい今年を振り返っているのかな。
すべてがインフレな上海の旅から帰ってきた。
撮影した写真は100枚以上ありましたが、あんまり面白くない。
きっと僕が呑み込まれてたんだろう。
だって、街全体に活気があって、格差は乗り越えられると言う夢に満ちて、悲惨と換気が肩を組んで喚いているんだから。
上海から関空につき、大阪市街地を歩いて感じたこと。
…日本って田舎だな。ってこと。
新宿は?渋谷は?六本木は?
って見方もあるけど、人間の密度の広がり方がぜんぜん違う。
上海の地下鉄に乗れば、ITガジェットの広がり方がぜんぜん違う。
日本には、もう100階建てのビルが建つことはないだろう。
新しテクノロジーは、もう日本を素通りしていくだろう。
そして、当たり前のことに気がつかされたことがある。
「市民が買える値段と品質で、欲しいものを提供しなければ成功しない」ということ。
サントリーがプレミアムモルツが上海市民のビールになっている。
味はスカスカ。アルコールは3.8%で軽い。
値段は・・・5元とかそんなの。
でも、それが市民がまだ見ぬ欲しいものだった。
日本の大衆食「牛丼並」が390円~290円。
元換算(1元=13円として)で約30元~22元だ。
僕が食べた上海市民の大衆食の牛肉麺が20元。ぶっかけ丼が30元。
(380店展開するチェーン店のメニューなので一般市民のファーストフード)
つまり・・・すでに一般市民レベルでは、上海市民と普通の日本人の生活水準は、そう変わらない。もちろん中国には絶大な格差があるので、安いものはいくらでもある。でも、内地からの出稼ぎ労働者くらいしか1杯4元のような飯は食わない。(僕は食ってみたところ、うまかったが)
いや、むしろ日本の方が伸びシロとしての「格差」がない分、息苦しい。
日本のテレビはいまだに日米中という言い方をしているけど、すでに中米の時代だろう。(中国のケーブルテレビを見れば分かる)
ともかく国内で仕事をする以上、アジア視点での現在の経済レベルを想定して提供するサービスを考える必要がある。
また、中国と言う大陸と13億の民を無視して、今後十年の計画もありえないと思い知らされた旅だった。
まとまらないけど、ひとまず今の気持ちを。
マイケルは、ダンス中に聖なるものに触れることがあったと述べている。その時は、すべてのものたちが見えたという。
晩年の迷走は、翼を失い、俗世で代わりを求め続けたのかもしれない。やはり、それがないことを知り、再びツアー=旅に出て、翼を獲得しようとしたのかも知れない。たが、失望が予め用意されていたようにも思うが、どうだったのだろう。
ヒトは聖なるものに触れられる時は短いのだろうけど、知ることの代償は計り知れないということか。
東への長旅から帰還した。
予想通り、流れは決した。
今度は波乗りへとシフトチェンジとなる。
吹いていた不安定な風はいつしか奔流と合流し、大きな世界への旅の準備となる。
帰還は、次の出発への荷造りの合間に過ぎなくなる。
僕らはどこに向かうのか?
再び時代の渦に突っ込んでいく感覚に包まれている。
選ばれし者の恍惚と不安。
二つこの胸にあり。
今朝のニュース番組でもそうだったんだけど、ググれば分かることを、現
象を調べるとか言って、町の人にマイクを向け、大騒ぎして、わかった!
とか言ってる番組多いな。
検索ワードを並べるだけの番組もよく見るし。
テレビって自分達で発信するんじゃなく、ネットに寄生し始めてるんか
なぁ。
Sent by iPhone
広告ビジネスは、この不景気のせいで一気にネット式の検証型が強くするんだろうか?
企業イメージを伝えるとしても、検証型的発想が混じるんだろうな。
人口が増えず、経済の成長が止まると、厄介だなぁ。
色々な人に会い、意見を色々と交換してきました。
「今年は我慢ですねえ」
という意見が多かったですが・・・
意外に楽観的な雰囲気も感じました。
「今は我慢だけど・・・」
という感じでしょうか。嵐が過ぎるのを待っている様子といいましょうか。
一方、マス型広告モデルに苦戦しているようですね。
街を歩いていてもVaio TypePの宣伝が目についてSonyの元気さ実感する反面、とニュースではSonyの営業赤字の報道が大々的に流れていたりとマスメディアと体感の温度差を感じるのも事実です。
ともかく2009年は、既存事業は「我慢」「整理」という感じですが、逆に新規で事業を進める場合は、0からのスタートなので新規開拓のチャンスが増えたとも捉えられるのではないでしょうか?
1月13日~15日まで東京に出張してきます。
景気の動向がどうなのかは、自分の目と耳で感じるのが最も間違いないと思っています。もちろん、各種分析を頭に入れた上でですが。
色々なサービスが広告で収益を上げながら無料でサービスを提供するモデルに、この十年間は移行して来ました。
広告というのは、常に測定困難ながらも費用対効果を求められ続ける存在です。しかし費用対効果を測定できるのは、ネット広告ぐらいで、後は蓋然性の世界です。
「なるようになれ!」という部分がどこかにありますが、その度量を広出稿先がもてなくなったら・・・
今回の東京出張では、そのあたりの感触を自分なりに掴みたいと思います。
お盆休みの移動の間に途中下車して、とある町をカメラとともに散策した。
蒸し暑いものの空はどんよりとした何とも中途半端な夏の午後だった。
目的は明智光秀が築城した城と彼が江戸時代に合祀された神社である。
とぼとぼと人気のない大通りを城へ向けて歩いていく。



写真のような風景がずっと続いて行く。
どうだろう。また、この町に来たいと思うんだろうか?住みたいと思うんだろうか?
店と言えば、チェーンの大型スーパーが出店し、買物は全国同じような品物を同じような値段で買え、 マニアックなものもネットで買えば東京の人と同じくらいのレベルで楽しむことはできるようになった。

でも、どうなんだろう。誰も訪れることのない赤ちゃんのお店。
ふらっと途中下車した散策者の視点では現実を見ていないのかもしれない。

でも、僕は驚いたのだ。その疲弊ぶりに。