今日、納得した言葉。

リンク: 『浅草弾左衛門』塩見鮮一郎 松岡正剛の千夜千冊・遊蕩篇.

ぼくが『フラジャイル』(1995)に弾左衛門をとりあげたときは、ロラン・バルト(714夜)を引いて、こう結んだものだ。「人間の演ずる行為は、容認された差異の関係のシステムを前提にしているものである」。

今日、読んでいて納得したことば。演ずる行為に先行する「容認された差異の関係のシステム」の存在。当たり前なんだけど、きちんと言葉で理解することで、本当に行動に活きると思う。

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