2006年から始まった僕の放った矢が徐々に僕の手から離れて、いろんな人の夢を巻き込みながら、この3年間で随分と大きな虹になってきた。
2006年から2009年を文章で総括すると、セカイ自体も歴史的に変わった時期だということが分かる。
何が変わってしまったのか?
それは、それぞれの人の立つ場所によって違う見え方をしているだろう。
つまり全面的に、多様に変わってしまったのだ。
未来は全く予想できない。
というのが僕のこの3年間の実感だ。
できた!と言い立てたって、自身の小さな認識の範囲の中でも、さらに小さな部分での錯覚でしかない。
では、未来を語るのは、意味がないのか?
僕が2006年夏に決意し、いろんな人の協力と夢(や憎しみも)を孕みながら、大きくなってきた「未来への頼りない夢」は、2006年から今日までを「変えてきた」。
そう。「(その時点で)計画的な、科学的な未来予測」はことごとく外れてきて、混乱と言う変化をもたらしたけど、「僕らの頼りない夢」は、どんどんと大きな現実的な力になってきている。
あきらめさえしなければね。
「頼りない夢」が現実を変えたいという夢であればある程、荒唐無稽になっていくのだけど、現実を変えたいという夢だからこそ、何があろうと、危機が高まれば高まるほど、強く実現へと根や幹を太くしていくんだ。
あきらめさえしなければね。
さて、遠くまできたもんだ。と今年の年末は振り返るとしよう。

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